--コラム【デジタルコピーに関する問題】 --

1.はじめに
 スウェーデンの博物学者リンネによれば、人間は英知人、知恵のある人と定義されている。(注1)その知恵は生活上でよい面に使われることが多いが、反面、倫理上、経済上などにおける問題が生じることもある。その問題の一つとして現在のコンピュータ普及によるデジタルコピーがあげられる。デジタルコピーのどこが問題なのか、そもそも、「明らかに問題である」と言ってよいものなのであろうか。そのことに関して、音楽ファイルとコピーソフト・データの両面から、特にここでは、あえて著作権教育や社会的な問題意識やや低いが実際は被害が大きい、コピーソフト・データに重視して述べていきたい。


2.現状について
 アナログと違い、複製しても劣化しないというデジタルの性質が世間的に知られるようになったのは1980年代半ばの音楽CDの販売開始、普及によるためである。当時はまだ、パソコンを使って容易にCDの内容を複製するという技術はなかったが、音質に関する意識が変わったのは明らかであろう。
 その後、パソコンが高性能化して大容量のデータを扱えるようになり、また、インターネットの普及・回線速度の上昇もあったため、多くの情報を扱えるようになった。
 そのような中で、複製したデータをインターネットの技術を用いたソフトを使って共有することが広まってきた。米国のナップスター社のソフトによる共有が特に大きな人気となり、そのため、音楽業界に損失があるとして1999年に全米レコード協会が提訴し、サービス停止という状況につながった。(注2)そのような状況にもかかわらず、さらにWinMXが普及し、多くの逮捕者を出し、さらに現在のWinnyの問題が起こっている。
 ここで、現在問題になっている共有ソフト、Winnyに関して見ていきたい。Winnyの特徴はその匿名性にある。匿名性があるということは、自分がそのユーザーであるということを示すメールアドレスやユーザーIDはもちろん、IPアドレスまでが一般的には分からないということである。
 ただし、Winnyの匿名性はファイル共有機能において成り立つものであり、BBS機能ではその限りではない。2003年11月に最初の逮捕者が出たのはそのためである。
 また、その後2004年5月にネットエージェント株式会社によりIPアドレス解析ソフトが開発され、より利用者を発見しやすくなった。INTERNET Watchによると、「今回発表したソフトウェアでは、Winnyのノード情報(参加しているユーザーのIPアドレスや登録しているキーワード)や、共有されているファイルごとに、そのファイルを公開しているユーザーのIPアドレスが取得できるようになったとしている」(注3)と書かれており、利用者の複数単位の発見が可能である。
 そのような技術進展も見られる中で、特にユーザー(注4)に影響を及ぼしたのは東京大学大学院助手、金子勇氏(ネットワーク上のハンドルネームは47氏)の逮捕である。金子氏の容疑は著作権法幇助であり、幇助に関して現在正当性が論議されている。

 ここまでファイル共有に関しての現状を述べてきたが、Webサイト上でのコピーソフト、コピーデータの配布という問題もある。海外におけるコンシューマゲームのコピー配布が特に顕著であり、Yahoo!で[gameboyadvance download rom]という条件で検索を行う(注5)と、日本では1850件、米国では6930件、中国では7070件という比較的多い結果となる。それも、日本語のゲームの配布が目立つ。
 また、Longhorn(次期Microsoft Windows、Longhornはそのコードネーム)の流出問題など、本来公開されるべきでないソフトなどがコピーされ、配布されるという問題も起こっている。


3.現状における問題点とその考察
 Winnyに関して、どれだけ問題性があるのか、以下の実験を行ってみた。
(実験)Winnyにはどれだけのデータがあるのか
<実験方法>Winnyをインストール、起動してある任意のキーワードに関する検索を1分間行い、どれだけの検索結果が出されるか調べる。
<実験日>2004年6月11日
<注 意>
1.これはあくまでも研究実験上のためであり、一切のダウンロードを行っていない。
2.結果の数は時間帯によって変動するので、これよりも多い場合もある。
3.検索の途中で結果のところに表示されたが、検索終了時には検索結果の中に含まれていなかったタイトル名はカウントしていない。
4.結果の一の位は四捨五入とした。
<結 果>

Microsoft 40
mp3 500
ゲーム 130
コミック 600
画像 100
合法 50
 この結果によると、大々的に問題とされているmp3はもとより、コミックの流出も問題になっていることが分かる。コミックの場合、検索結果数が多いのは複数の巻が存在するためもあるが、mp3形式のファイルを扱う場合と異なる点があるためでもある。それは、音楽は一曲で一つのファイルであるのに対し、コミックの場合、複数の画像ファイルの集まりが一つの作品となる点である。そのため、二つの特徴が見られる。
 まず、画像一枚単位でアップロードされている場合があることである。その場合、「一枚だけだから、別に手に入れたって大差ない」という考えをユーザーが持ってしまうのである。極端な例であるが、本屋でコミックの10ページ目だけ売っているとしよう。その場合、もちろん客は買うわけがない。買ったとしても、それだけ見ても内容がつかめない。これは、人間が言葉を使う上で単語だけに頼ることはできず、文脈を考慮して判断する場合と同じような原理である。しかし、たとえ画像一枚であったとしても著作権は存在する。そうであっても、一部だけ配布している人を訴えたところで出版社等の利益が得られないので、指摘されないのだけなのである。音楽ファイルにおいても、一曲そのままコピーされている理由が、「有料音楽配信サイトの無料サンプルだけでは少ししか分からなくて不満足だ」とユーザーが考えていることである場合、コミックに関する状況と同じように説明できる。
 また、作品単位でアップロードされている場合、lzh形式などの圧縮ファイルになっていることが多い。この場合、ウイルスが含まれているというリスクをユーザーが負わなければならないのでダウンロードを行う人がmp3に比べて少なくなる。そのため、比較的ダウンロードが多いmp3を優先的に取り締まろうということが考えられる。
 この実験における他の注目すべき点は、「合法」と検索した結果が少なかったことがあげられる。まず、合法なファイルにわざわざ「合法」と入れるのは、このソフトやそのユーザーが明らかに違法的な行為をすることを前提としているということが感じられる。また、合法ファイルの検索結果が少ないということは、リーガル・リテラシーを持って法的に適切な行動をしているユーザーが非常に少ないことが言える。すなわち、ユーザーにおける「違法の合法化」(注6)というような現象が成り立つと言える。
 また、たとえ合法であっても個人が作詞・作曲した音楽作品はダウンロードされにくい。それは、無名な人を社会的共同体が認めにくいという問題や、「みんなが知っている」ものを好むという流行的な理由のためである。
 ここまでは共有ソフトにおける違法の問題性について述べてきたが、古いため手に入らないソフトを入手する場合はどうかということに関して述べていきたい。たとえば、現在Windows3.1(あるいはそれ以前のバージョン)や、さらにWindows95でさえ入手することはかなり難しい。音楽ファイルの場合は、メンバーの解散によって入手できなくなる場合もある。そのため、そのような旧来の財産を保持・入手するためにやむを得ず違法なものに頼らざるを得ないときもある。確かに、それらは現在のバージョンなどにつながっているため、アップロードされると市場的には不利益があるかもしれない。しかし、故意に古いコンピュータを使ったりする場合や、ある程度、「流行の非可逆性」(注7)を抑止するためにも制作・販売側が古いデータのフリー配布を認めることも必要である。そうすることにより、共有ソフトのユーザーが減少し、逆に利益が増大する可能性もある。

 Webサイト問題に関しても、「違法の合法化」という現象を考えることができる。フリーソフトなどが広く普及しているため、インターネットで手にただで手に入るものは勝手に使ってもかまわないと誤って判断してしまうのである。正確にはフリーソフトにも著作権が存在しているため規約の合意をしているのだが、無味乾燥な文章は読みたくないという人間心理のために無条件で合意してしまっている。そのため、コピーされたものを使うときも合意という行為に対する感覚が喪失してしまうのである。また、著作権フリーと書いてあるMIDI形式のファイルなどがWebサイト制作のために一般的に知られるようになったのも、自由なコピー・配布をしてもよいという考えを広めた原因であると思われる。
 また、配布が行われやすい原因として他国のサイトで配布されることが多いということがある。日本語のゲームが海外のサイトにある場合、警察や著作権保持者が外国語で対応しなければならなかったり、その国の法律も考えたりしなければならないため、解決に対して消極的にならざるを得ない。
 さらに、ゲームの場合は共有ソフトの場合と同様、古いソフトが多く存在しているということも原因である。この場合もソフトハウス側がある程度妥協する必要があるだろう。
 Longhornの流出問題に関しては、確かに、「期待が少ない」と思う人が存在し、そのために売り上げが減少する可能性が高い。しかし、開発途中のものが多くの第三者によって試されることによる利点も存在する。ユーザーが意外なエラーを発見することによって正式版としてより安全なものをリリースすることができる。さらに、オンラインソフトの制作者などが新しいバージョンに対応するソフト開発を早く行うことができ、信頼性という点では非常によいことである。

 以上に述べてきたように、コピーの問題を必ずしも悪いものであるという軽率な判断をすることは正しいことではない。過去のものを大切にするという考えや、結局は利益になるということもあるという考えを持つということも必要である。
 われわれ人間は英知人であるので、正しい知恵や理性の下に行動することができる。さらに、その行動を多元論的思考に基づいてしなければならないということを、デジタルコピーの広がっている今こそ考える必要がある。


(注1)Carl von Linne(1707-1778) 彼によれば英知人はHomo Sapiensとよばれる。
(注2)Napster社は現在、月額制の有料会員サービスを行っている。
(注3)INTERNET Watch(株式会社インプレス)の5月13日付の記事による。
(注4)ここでのユーザーはWinnyのユーザーだけでなく、パソコンユーザーの総体を指す。
(注5)検索は6月16日に行った。なお、コンシューマゲームのコピーはROMと呼ばれることが多い。
(注6)この語は「ユーザーが違法であるものを合法であると錯覚してしまう現象」を指す。筆者の造語。
(注7)この語は「一度流行した音楽などの制作物が再び流行する可能性がかなり低いこと」を指す。筆者の造語。